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ワーグナー:楽劇 ブログトップ

クリスチャン・ティーレマン指揮、ワーグナー『ニーベルングの指輪』バイロイト・ライヴ [ワーグナー:楽劇]

ThielemannWagnerRing.jpg

 クリスチャン・ティーレマンという指揮者は、私の心の中ではどこか陰のある人物に映る。

 現代風のスタイルに背を向けて、失われた巨匠時代のスタイルを目指そうとしている姿勢。

  どこか、ちょっと昔のセルジュ・チェリビダッケとか、そんな風情。

 その姿勢は買うのだが、登場するアルバムにはあまり食指をそそるものがなかった。

 ベートーヴェンの交響曲を5番と7番をカップリングさせてCDデビューしたとき、私はそれを渋谷のタワー・レコードで聴いた。

 といっても、試聴機ではなくて、店側がバック・ミュージックのように大音量でかけていたのである。

 当時の私は、フルトヴェングラー一点張りの未熟者であったから、彼の演奏を聴いたとき、絶望したものである。

 ドイツの若者には、フルトヴェングラーのような情熱的な演奏家はいないのか、いや、もはや現れまい。人間がどうなるかというような、深い叡智のまなざしを持った指揮者は、もはや必要とされていないのだ、と。

 彼の指揮は、旧スタイルぎんぎんで、遅めの重厚なテンポで、如何にも「わたしの音楽は立派なのです。ドイツ人なのです。」というものだった。

 重厚でドイツ的なのは良いとしても、音楽からはみ出てくるような、ティーレマンならでは、というものがない。こういう演奏は、いずれ忘れ去られるだろう、と思ったものだ。

 しかし、ドイツの伝統というものは、やはり奥が深い。

 ティーレマンは、歌手たちの舞台稽古の際の伴奏ピアニストから下積みを重ね、DGと契約、名門オーケストラに客演し、今やウィーン歌劇場では常連、それにバイロイトでは、2006年以来ワーグナーのリングを振り続けている。

 彼の何かが変わったのだろうか。

 そんな折、リングのライヴをまとめたものが一挙に発売された。

 2008年に行われたチクルスをもとに作られたCDであり、おそらく、良いテイクをつないだものだろう。

 しかし、この録音は素晴らしい。

 心地よいのである。

 部分的には、金管や打楽器がもっと鋭角的に飛び出てほしいと思わないでもないのだが、シルキーな弦の音色を主体として、すべての楽器が調和し、滑らかにつややかに、流れるように、楽音が紡がれていく。

 バイロイトというのは、録音が難しいという話をよく聴くものだが、オーケストラの中にくっきりと浮かび上がる歌手たちの声も、クリアーであり、上質な絹織り物を愛でているような気分になる。

 ライヴだから、聴衆のノイズ、拍手も入っており、劇場の空気感といったものがそこに加味される。

 長大なワーグナーの楽劇を、聴き疲れることなく、堪能する、という意味では、非常に良質なものである。

 さて、録音が優れていても、演奏の出来が良くなくてはお話にならない。

 聴いてみたところ、私は非常に感銘を受けた。

 スタイルとしては、ハンス・クナッパーツブッシュを思わせる雄大なものである。

 悠久の時間の広がりを感じさせるような、深い呼吸とうねりは、『ワルキューレ』の魔の炎の音楽に顕著であり、『神々の黄昏』におけるブリュンヒルデの自己犠牲も、それこそクナッパーツブッシュそのもの、といった具合のスケールである。

 クナッパーツブッシュと違うのは、より洗練された音楽を求めているようで、わめかず、爆発せず、調和された音楽を展開している。

 2009年末に来て、このような演奏に出会えたのはまことに嬉しいし、デジタル録音で聴くなら、真っ先にこの録音に手を伸ばすことになるだろう。

 歌手たちの出来は、それはもう、フルトヴェングラーやクナッパーツブッシュ、カイルベルトらの録音における布陣の足元にも及ばないけれど、そういう時代ではないのだ。

 ワーグナー歌手たちもまた変遷していく。今この時代、この瞬間のワーグナー歌手たちなのだ。

 だから、それを批判するよりは、肯定し、楽しむことにしよう。 


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『トリスタンとイゾルデ』~カルロス・クライバーのバイロイト・ライヴ [ワーグナー:楽劇]

CarlosKleiber.jpg

 私が一番最初に聴いた「カルロス・クライバー」は、CDの『椿姫』抜粋版だった。詩情に満ちたデリケートな指揮をする人物だ、というのが第一印象。

 それから、ベートーヴェンの交響曲第4番(バイエルンでのライヴ, Orfeo)を聴いて、つまらない、と思った。

 人が熱狂する意味がわからない。ワルターやムラヴィンスキー、もっと古くはトスカニーニのほうが凄いではないか。

 半信半疑のまま、高校時代の生物の先生に借りたのが、ベートーヴェンの「運命」だった。

 これは鮮烈だった。終楽章のテンポには違和感を覚えたが、一楽章の仕上げが完璧で、興奮した。三楽章の思い切った金管の強奏もスカッとしたものである。

 7番は最悪だった。リズムをひたすら分析的に刻み付けつけるような指揮、響きが硬くて、弦の呼吸のなさ、あのウィーン・フィルからこれだけ乾燥した響きが生まれるのかという戸惑いがあった。

 ブラームスの交響曲第4番とシューベルトの未完成はとても良かった。それからvideoで見たニュー・イヤーも指揮姿を観てうっとりした。

 昨夜、NHKで、カルロスが我が家の近所の人見記念講堂でベートーヴェンの7番を振ったときの映像を再放送していた。

 やっぱり、絵になるよなあ・・・。こんな指揮者はもう生まれまい。演奏は必ずしもすべて与するものではないが、嫌いではなかった。むしろ、あんな指揮ができたらと憧れたものだった。

 最近よく聴いているのは、クライバーの『トリスタンとイゾルデ』。DGへのスタジオ録音ではなく、バイロイト音楽祭でのライヴ(1974年)である。

 私が所持しているのは、HYPNOSというレーベルから発売された三枚組みのセット(HYP 245/6)で、音質はステレオである。擬似ステレオの可能性もあるが、音質はなかなか良い。オーケストラの音がややひっこんでいて、情報量が少ないのが残念といえば、残念。

 私はカタリーナ・リゲンツァのイゾルデが好きで、マーガレット・プライスの楚々とした歌い方も好きなのだが、こちらのほうに感情移入してしまう。

 昔、『英雄の生涯』が海賊盤で発売されたとき(DUMKA?だっけ?)、余白にいつのかわからんのだけれど、リゲンツァの歌う「愛の死」が入っていて、『英雄の生涯』よりもよく聴いたものだった。音質はこちらのほうが良かったなあ。いつのライヴだったんだろう。

 情報求む。


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フルトヴェングラーの『トリスタンとイゾルデ』 [ワーグナー:楽劇]

 最近は生活も少し落ち着きを取り戻し、音楽とじっくり向かい合える時間が増えた。

 今はクレンペラーが1968年にニュー・フィルハーモニア管弦楽団と録音したマーラーの交響曲第7番を聴いている。

 これは愛好家の間でも幻の逸品扱いで、廃盤になってから久しく、西独盤の初期CDもオークションで高値で取引されている。私も現物は所持しておらず、借用しか聴く手はない。

 何度か聴き直してみたが、やはりこれは物凄い演奏だ。ブルーノ・ワルターのマーラーを心より愛好する自分であるが、このクレンペラーには圧倒されてしまった。超スロー・テンポでありながら、フレーズの一つ一つが深く呼吸し、軽やかささえ感じるのだ。仰ぎ見るようなスケールさを実感させながらも・・・。空恐ろしくなってしまった。

 そして最近は、フルトヴェングラーを改めて聴き直す時間が増えつつある。聴くたびに多くのことを教えてくれるが、先日購入した1954年の「マタイ受難曲」(Moviment Musica)も凄かった。そして今はワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』に改めて開眼し、夢中になっている。

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 音質のことを言えば、CE25のシリーズよりも、こちらのCC30シリーズのほうが音が良い。私はずっとCE25を愛聴してきたのだが、若干音がこもって、レンジが狭いのが気になる。このCC30シリーズは、音質もふくよかでニュアンスに富み、ステレオ的な臨場感すらある。歌手の名唱も生々しく、この名曲名演奏を心行くまで(つまり、聴き疲れすることなく)堪能することができた。

 フルトヴェングラーの演奏に関して言えば、若い頃や戦時中の動的な指揮ぶりよりも、晩年の静的な演奏が好きだ。フルトヴェングラーの演奏には常に「間合い」というか、霧の中から立ち込めてくるような幻想性があり、捉えようとしても、正体を見せないような変幻自在さにしびれるのだ。

 「トリスタンとイゾルデ」では、そういったフルトヴェングラーの夢幻的な指揮振りが見事に音化しており、フルトヴェングラー自身がこの録音を気に入っていたことも納得できる。名演奏であり、名録音だろう。

 ズートハウスは一般に言われるほど悪くないし、フラグスタートもやはり素晴らしい。クルヴェナール役のフィッシャーディースカウもうまい。マルケ王役のグラインドルは沈鬱で、訴えるものが強い。ブランゲーネ役のシボームは、陰の主役ではないだろうか。フルトヴェングラーの指揮に合致し、極めて陶酔的な歌唱を聴かせる。

 宇野功芳氏の『フルトヴェングラーの名盤』では、第三幕のイゾルデの船が近づくシーンの切迫感が弱いと指摘されているが、私にはこれが良いのだ。人が激しくやるところで、抑えた表情で、格調高く演奏する。そこから漲る、内面の力の凄さはどうだろう。背後に迫る巨大なものは一体何であろうか。

 フルトヴェングラーはやはり凄い。凄い、凄すぎるのだが、はまると危険だ。良い音質の演奏で聴きたくなった途端、リマスタリングの問題が立ちはだかり、さりとて状態の良い盤は高値がつく。こうした現状は健全とは言えないだろう。何とか、EMIやDGといったマスターを所持しているレーベルに、識者を集めたプロジェクト・チームを作ってもらい、未来に残せるような復刻を完成してもらいたいものだ・・・。 


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カイルベルトのワーグナー:楽劇「ニーベルングの指輪」全曲を聴く [ワーグナー:楽劇]

 カイルベルトが1955年にバイロイトで指揮した楽劇『ニーベルングの指輪』全曲。55年という年代でライヴステレオ収録したという奇跡的な記録である。この録音が英テスタメントから発売されたときは評判になった。

 すでに国内では確固たる評価を得、『ラインの黄金』、『ワルキューレ』、『ジークフリート』、『神々の黄昏』の全ての楽劇がレコードアカデミー賞を受賞した。50年も前の録音が現在の演奏を凌駕するという事実に私達は何を学ぶべきだろうか。

 国内では4部作がすべてセットになった豪華BOXが発売(その後輸入盤でもBOXセット発売)。私はこれを買った。CDの傷に随分悩まされたけれども。

 ところで、55年といえば、DECCAがエーリヒ・クライバーの指揮でウィーン・フィルとの歌劇『フィガロの結婚』をステレオ録音した年だ。こちらはスタジオ録音だけれど、このカイルベルトのライヴはそれを臨場感において圧倒的に超えているように思う。臨場感、色彩感、生々しさ、歌手の位置、実に素晴らしい。確かに50年前というハンデはある。一部でモノラルになってしまったり、定位の乱れもある。しかしながら、はっとするような鮮烈な音である。たとえて言うなら、レイボヴィッツのベートーヴェンの音質と同等あるいはそれ以上なのだ。

 以下、演奏について感想を記録しておきたい。

 『ラインの黄金』 

カイルベルトの指揮は質実剛健。華美な効果をいっさい狙わず、ショルティに聴く光彩陸離としたゴールデン・サウンドはない。テンポは小気味良い。ベームのように引き締まりすぎることもない。クナの雄大なスケール感を知っている者としても愉しめよう。何といっても、アルベリヒを歌うナイトリンガーとヴォータンを歌うホッターが素晴らしい。特にホッターによるラインの黄金のステレオ録音はこれ一つであり、価値は計り知れない。

 ミーメを歌うクーエンももちろん素晴らしい。ただ、ローゲを歌うルスティヒは歌詞の間違いがあったり、ピエロ役に徹しきれない自我がある。最悪なのは、ドンナーのブランケンハイムで、悪役のような声質のために、アルベリヒやファーゾルトの仲間みたいだ(笑)。

 この『ラインの黄金』に関しては、カイルベルトでなければならぬ、という決め手はないかもしれない。しかし、クナのような天才性はない代わりに、中庸の良さは確かにある。

 『ワルキューレ』

 音延びがする、モノラルの箇所がある、演奏もいまいち、という評価も見かけるが、果たしてそうだろうか。

 第一幕は有名なクナの名盤がステレオで存在しており、もちろん比較を絶した高みにある。さらに、私は、クナが58年にバイロイトに立った『指輪』チクルス(Golden Melodrum)の『ワルキューレ』は史上最高の名演奏だと思っている。

 それと比べて、またショルティーやベームといった名盤、またクナの56年、57年の全曲ライヴのものと比べて、カイルベルトはどうか。

 録音は相変わらず素晴らしい。生々しい。気のせいか、『ラインの黄金』よりも瑞々しい気がする。ダイナミックス・レンジも申し分なく、当時としては破格の優秀録音である。

 そして、演奏は『ラインの黄金』以上に感動的である。クナと比べても遜色がないほど。カイルベルトの指揮はクナとは全くの別のベクトルを向いており、そのラテンの太陽の下で輝くような明晰さ、軽やかさと質実剛健の解釈が素晴らしい。

 第一幕、ジークムントのヴィナイ(ちょっと怪しい箇所もあったけど)、ジークリンデのブロウェンスティン、フンディングのグラインドル、皆名唱である。

 ワーグナー特有の粘りとか、不健康な魅力はない代わりに、カイルベルトの指揮は透明な造形美と楽音の澄み切った抒情を武器としている。終幕の熱っぽい盛り上げも素晴らしい。

 第二幕は圧巻で、ヴォータンを歌うホッター、ブリュンヒルデを歌うヴァルナイの声にうっとりとする。ジークムントの死の場面の物凄さも最高で、カイルベルトの重々しくなりすぎない棒がやはり聴いた後の爽やかな感動に繋がっているように思う。戦慄を覚えたのは、ヴォータンが一瞥してフンディングを殺す場面であり、ここでのホッターの歌唱は真に怖ろしい。

 第三幕前奏の「ワルキューレの騎行」は歌手も粒がそろい、名演だと思うし、「ヴォータンの告別と魔の炎の音楽」に至るまで、名唱中の名唱が繰り広げられる。

 第3場で、録音が不安定になり、ブリュンヒルデの歌う部分でモノラルになる箇所もあるが、年代を考えれば致し方のないところ。

 いずれにせよ、ホッター、そしてヴァルナイ唯一のステレオ録音のブリュンヒルデが聴けるという点で価値は計り知れないし、カイルベルトの指揮も中庸の美を満喫させてくれる。

 『ジークフリート』

 この『ジークフリート』の出来は、前記二作品を上回る。一部の評で、金管楽器が金属的に響くという指摘もあったが、再生装置の問題を評論に持ち出さないでほしいものだ。私の装置では多少荒々しいが、音楽的に響いている。

 また、カイルベルトの指揮は終幕に向けて良くなる、という評もあるが、私にはそうは感じられない。最初から絶好調である。幕ごとに出来・不出来が甚だしいという意見にも首肯しがたい。

 前記二作品でもそうだったが、この『ジークフリート』でもカイルベルトの指揮は相変わらず素朴だ。しかしながら、さらにこの『ジークフリート』は熱狂を帯びている。よほどカイルベルトはこの曲を得意にしているのか、第一幕から第二幕にかけて、リズム感と抒情を活かしきった歯切れの良い情熱的な演奏が聴ける。基本にやはり「軽やかさ」があり、それが彼の芸術の最大の武器となっている。熱した鋼のような演奏といえば連想できるだろうか。

 ただ、第三幕のジークフリートとブリュンヒルデの愛の賛歌の場面はやや張り切りすぎてうるさい(上滑りに良くなるという意見にはだから反対だ)。オーケストラも乗りに乗っている感じで、その情熱は素晴らしいものの、クナの深沈として雄大なドラマを知る者としてはいささか気になる。それでも、圧倒的な感銘を残すのは歌手たちの名唱である。

 歌手は、ヴィントガッセンが熱演だ。やはり、名唱中の名唱であろう。ホッターの歌うさすらい人も威厳と畏怖を感じさせる怖ろしさ、そして諦観に満ちた老いの表情が表現しつくされており、絶品だった。ミーメとアルベリヒも素晴らしい。もちろん、ヴァルナイのブリュンヒルデも。

 『神々の黄昏』

 カイルベルトの指揮でやや集中力が落ちたように感じるのはこの『神々の黄昏』である。序奏からして悲劇感の創出が中途半端。前三作品と比べると明らかに弛緩しており、客観的な静けさが目立ちがち。三人のノルンは素晴らしいけれど、オケに雰囲気がないのがまことに残念だ。ジークフリートとブリュンヒルデの登場から、「ジークフリートのラインへの旅」の音楽にかけてのテンションの高さは物凄いが、それまでがいまいちなだけにいささか唐突な盛り上がりのように感じた。

 グンターの屋敷でのやりとりもいまいちだ。緊張感に欠け、ウーデのグンターも、ブラウエンスティンのグートルーネもいまいち心に響いてこない。個人的にはクナの51年盤のほうがウーデは素晴らしく、マルタ・メードルの歌うグートルーネも感動的であると思う。

 ここで思いっきり中だるみしてしまった。クナッパーツブッシュはこういう場面でも背後にある心理描写がうまく、緊張感が漲っているのに・・・。

 カイルベルトの指揮が良くなるのは第2幕になってからで、合唱も凄いし、歌手達の声も朗々としており、一気に聴かせてしまう。第2幕の終結の怖ろしさはクナには及ばないが、音自体の迫力と殺気を感じさせるほどのシリアスさが素晴らしい。

 第三幕は何と言ってもジークフリートの死までがひとつの頂点である。ドラマティックな指揮ぶりであり、名歌手たちの歌唱も感動的である。合唱はセリフが揃わないなどのミスがあるのが残念である(しかも簡単な部分で!「ハーゲン、何をしたのだ」というセリフが合わないのだ!)。

 「ジークフリートの葬送の音楽」は金管を最強奏させるので、ロシアン・ラッパのように聴こえてしまう。録音技術の限界なのだろうか。耳が痛くなるほど。しかし、表現自体は真に感動的であり、名演だと思う。おそらく、同じく発売されたLP盤であれば、もっと音楽的な響きであるように想像する。

 ジークフリートの亡骸とグンター、グートルーネ、ハーゲンのやりとりはいささか緊張感に欠け、もっさりしている。マイクが迫真のドラマを捉えきれていないのか。グンターがハーゲンに殺される場面もまったく激しさがない。同じく遅めのテンポのクナはもっと殺意に溢れて凄い迫力なのに・・・。

 「ブリュンヒルデの自己犠牲」に至って、それまでの不調が嘘だったかのように、カイルベルトの指揮もオーケストラも冴え、ヴァルナイの神々しい歌声にしびれてしまう。オーケストラはライン川の大氾濫、ワルハラの焼失と圧倒的な演奏を繰り広げ、「指輪」の生命のモチーフたちが感動的に収斂していく様を感動的に音化するのである。


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