So-net無料ブログ作成
モーツァルト:協奏曲 ブログトップ

小沢さち (p) / 福島章恭 / モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番二短調K.466 [モーツァルト:協奏曲]

 若手音楽評論家の中でもとりわけ異彩を放つ存在、福島章恭氏。

 師である宇野功芳氏と同じように、彼自身も実演での音楽活動をメインにする評論家である。

 小生は氏の嘘のない、純粋でひたむきな文章を愛読するものであるが、選択されている推薦盤には首を傾げることが多い。

 これがクラシック音楽を聴く楽しみの一つでもあり、人とは違う愛聴盤、宝物のような演奏を見つけることこそ、「地球に生まれてよかったー!」なのだ。

 そんな氏が、私家盤ではあるものの、一枚のCDを出した。

 「魂のモーツァルト vol.1」と題された一夜のライヴ(2007年10月13日、杜のホールはしもと)の記録である。

 ヴェリタス室内オーケストラという小さいが献身的なオケに、小沢さちという商業的スターダムに上がることのないピアニストによるモーツァルトである。

 私はこのCDを聴いていたく感じ入ってしまった。

 評論家のようなどこか分析的な匂いは皆無。それどころか、音楽からは演奏家の顔ではなく、モーツァルトの魂の調べだけが聴こえてくる。

 それにしても、こんな厳しいモーツァルトは久しぶりだ。

 フルトヴェングラーが最晩年にルフェビュールと行なったライヴ以来の厳格さが、このCDには刻み込まれている。

 小沢さちのピアノが桁違いに物凄い。女流だとか、女性的なピアニズムというものとも無縁。内田光子のピアノが少女漫画趣味に感じられるほどだ。

 男顔負けのドラマティックで、厳しく、ロマンティックな大時代的なスケールの演奏が展開する。まさしく、大家のピアノである!

 一楽章冒頭から肌に粟が生じるような戦慄と凍てついた風景が広がる。それでいてふわっと漂う弱音にはモーツァルトの孤独な口笛が聴こえるような錯覚を覚える。

 福島率いるオーケストラも一流であり、音を割った金管・打楽器の迫真的な一撃など、なよなよしたモーツァルトから最も遠い「魂のモーツァルト」が轟くのである。

 二楽章は一瞬の春の日差しのような前半に、一楽章とは違う両者の姿勢を見る。小沢のピアノはいたずらに弱音効果や孤独を強調するような不自然さはない。ただ自然体で、モーツァルトの書いた旋律の美しさを伝えていく。オーケストラは相変わらず透明で、純度が高く、最高だ。

 劇的な盛り上げも、両者の心の通わせ方が聴く者を唸らせる。「モーツァルトを本当によく知っているな」と思わせるほどに、ピアノとオケの音色に心憎いほどの一体感があるのだ。

 終楽章は最高の演奏の一つだろう。がっしりとした強靭なピアノ。それでいて淡いデリカシーにも欠けておらず、ちょっとしたタッチに哀感を秘めるやり方。悲鳴を上げるようなオーケストラの力演には、現代の欧米のオーケストラからは聴こえない「何か」がある。それは今何故モーツァルトを弾くのか、という狂気じみた問いかけと切迫した情熱である。

 それにしても、カデンツァのドラマには驚かされる。こんなに聴く者を呪縛するような表現を聴いたことはなかった(←不勉強)。

 K.466の聴きものの一つ、私の最愛の部分はフィナーレのコーダである。小沢ならびに福島率いるヴェリタスの厳しく威厳のある表現も素晴らしいが、ハイドシェック/ヴァンデルノートの天国の花園に分け入っていくような至福に満ちた愉悦こそ、この曲にはふさわしいように思うのだが。

 限定盤のため入手は難しいのかもしれないが、市販されて十分に通用する素晴らしい演奏記録である。福島氏が日頃批判するフルトヴェングラーに肉薄しているのが面白かった。

 (併録はジュピター。これについては感心しなかった。私の美学と異なった演奏である。)


nice!(1)  コメント(0) 

モーツァルトの「フルートとハープのための協奏曲」 [モーツァルト:協奏曲]

 

 モーツァルトの「フルートとハープのための協奏曲」は、トリップ (fl)、イェリネク (hp)、そしてカール・ミュンヒンガーによるウィーン・フィルの演奏が大好きであり、長いことランパル、ラスキーヌの演奏は聴いてこなかった。
 
 その後ようやくランパルとラスキーヌがパイヤールの指揮する室内管弦楽団をバックにして録れたもの(1963年録音) を聴くことになる。

 古い録音のせいもあるだろうが、オーケストラの音にややデリカシーがなく、ややキンキン響いてしまう。それにパイヤールの棒がやや雑に感じる。終楽章のテンポもせかつく。ソリストの聴かせる演奏は大変素晴らしく、やはり名手だなと思わせるだけに残念でならない。

 ラスキーヌの「エラート録音集大成」には、この「フルートとハープのための協奏曲」の別テイクが収録されている。現在発売されているのかわからないが、こちらは、オーケストラはパイヤール室内管弦楽団の前身であるジャン=マリー・ルクレール器楽アンサンブル、ソリストと指揮者も同じで、よりふっくらとしたオーケストラの合奏が楽しめる。そしてソリストの技術も1963年に劣らず素晴らしい。録音も良好。

 残念なのはここでもパイヤールの指揮が終楽章においてややせかつくこと。そんなことをしなくても・・・と思うところで金管を目立たせたり、弦を強めに奏してしまうので、大味に聴こえる。むーん。

 


nice!(2)  コメント(0) 
モーツァルト:協奏曲 ブログトップ
メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。