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べ―ト―ヴェンの「荘厳ミサ曲」名盤探訪⑥ハイティンク [ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス]

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あまり話題になっていないようですが、これは本当に素晴らしい演奏です。

最近聴いて良いと思っていたブロムシュテットやティーレマン(これはBlu-rayでしか販売されていません)、前回レビューしたガーディナーよりも格段に良いと感じた。

ハイティンクはロンドン響とベートーヴェンのチクルスを完成させていますが、バイエルンと再録音してほしい、そう強く感じさせる本当に素晴らしい演奏。

円熟とヨーロッパの伝統的なオーケストラとが合わさると、こんなに秀逸な演奏になるという見本ではないでしょうか。

ダイクストラが訓練した合唱が素晴らしいですね。それに、四人のソリストはいずれも美声かつクォリティーの高い歌唱を聴かせるとあっては、もはや成功の3分の1は約束されたようなもの。

主役となる声楽パートの見通しが明確で、ベートーヴェンのスコアが淀みなく再現されている。

成功の3分の2を占めるハイティンクの解釈は、中庸かつ穏当なものですが、落ち着きのあるテンポの中で、決めるべき箇所では金管、打楽器を轟かせ、音楽性の高い格調のあるオーケストラから、伝統的でピリオド演奏の影響のない、古き良きベートーヴェンを引き出していると思います。

「グローリア」、「クレド」も稀に見るほどの名演ですが、私の好みでは「アニュスディ」が最高だと思います。

「ドナ・ノービス・パーチェム」に入ると、打楽器が戦争を予感させ、ワルターやクレンペラーが聴かせてくれた戦争ラッパの恐怖感が見事に再現される。ここがのんきだと盛り下がるのですが、ハイティンクは(ブロムシュテットと並んで)本当に素晴らしい。打楽器のズンチャチャッチャはこれくらいやってくれなければ!

あまり好きな指揮者ではなかったのですが、個人的にはクレンペラーやワルターと合わせて持っていたい盤。録音も実に素晴らしいと思いました。

で、クレンペラーを聴き直してみたが、合唱の厚み、巨大なスケール、熾烈な表情など、ハイティンク盤を何歩もリードしています。ここがクレンペラーの凄さでしょうか。音がうねるような神がかった演奏。ただ、ハイティンク盤には見通しの良さとより直接的なドラマがあって健闘していると思います。

「ミサ・ソレムニス」は難曲だけに、うれしい名演の登場です。

ぜひご一聴を。SACDだったら・・・とは申しません、はい。

私の評価:★★★★★


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ベートーヴェンの荘厳ミサ曲名盤探訪⑤ガーディナーの再録音 [ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス]

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ジョン・エリオット・ガーディナーが主兵のレヴォリューショネル・ロマンティークと再録音を果たした。

イギリスはロンドンのバービカン・ホールでのライヴ。

バービカン・ホールと言えば、ハイティンクのベートーヴェン、ゲルギエフのマーラーなどで耳にした独特の音響を持つ。

このCDに聴く響きは、しかしながら、大変優秀である。

よほど耳のよいスタッフが録音に携わったのであろう。オーケストラ・独唱・合唱と破たんなく収録され、非常に生々しく、クリアである。

録音が良くても、演奏がいまいちならばこのシリーズには取り上げない。

演奏の面で言えば、現在、クレンペラー、ワルター、ブロムシュテットが自分の中での3傑だが、このガーディナーはワルターに匹敵するかもしれない。

要するに、超名演。

たとえば、「グローリア」のアーメンフーガ以降からクライマックスを聴けばお分かりいただけると思うが、これだけのダイナミクスと豪放な盛り上げ方はワルターのライヴ以来ではないだろうか。まさしく、天国の大門が現出したような、と言うと変なレトリックかもしれないが、ちょっと人間業とは思えないものがある。

もちろん、古楽器のスペシャリストであるガーディナーが過度なドラマを演出するわけではない。しかしながら、旧盤では、ただ「古楽器で演奏してみました」という印象を受けていた生煮え感が全くなくなり、「これが答えだ!」と言わんばかりの真剣勝負の「ドラマ」、つまり唯一無二の説得力を獲得しているのである。

「ドナ・ノービス・パーチェム」も素晴らしい。

私が大好きな戦争ラッパの部分も阿鼻叫喚そのものだし、これだけ激しい演奏はワルターやバーンスタイン以来である。

クレンペラーはむしろここで聴く者を突き放すような、一種独特の緊張感を設けるのだが、ガーディナーはワルターのように暴れ狂い、絶叫し、神の憐みを乞うのである!

うーん、すごい。

もちろん、「クレド」も名演だが、「グローリア」の圧倒的な演奏の後では少し聴き劣りする。それに、キリストが蘇った後の「最後の審判」のトランペットのあたりもアッサリしすぎなように思う。

ここはやはり、クレンペラーしかない。この金管の鋭さ、怖ろしさは・・・。

いずれにせよ、現代の指揮者でこれだけの演奏が可能になるとは、そして古楽器指揮者にできるとは、予想だにしなかった。ヘレヴェッヘの旧盤・新盤や、アーノンクールもお呼びではない。いわんや、ジンマンをや。

ブリュッヘンがやるとどうなるか?というのは興味があるし、youtubeで耳にする限り、ティーレマン/ドレスデンも良い。盛大なミスもあるが(戦争ラッパの後)。 

年末に素晴らしいプレゼントをもらった気分だ。SACDシングルレイヤーで聴いてみたい。

ベートーヴェンの交響曲全集。このスタッフで、ライヴで録音し直してはいかがだろう??

ガーディナー。現代の最高の指揮者になってしまった(私の中で)。 

評価:★★★★★

 


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ベートーヴェンの荘厳ミサ曲名盤探訪④:ブロムシュテット [ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス]

ベートーヴェンのミサ・ソレムニスの名盤を挙げるとすれば、今の私ならクレンペラー、ワルター、ショルティ(シカゴ響)である。

先日久方ぶりに、バーンスタインの旧盤(ニューヨーク・フィル)も聴いてみたけれど、今聴くとオケもコーラスも荒い。

今年になって、クレンペラーに匹敵するような名盤が登場したので、とても嬉しく思っている。レコ芸でも特選になっていたが、これは文句なしの名演である。  

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ブロムシュテット指揮ゲヴァントハウス管弦楽団、ライプツィヒ放送合唱団による演奏。2012年9月のライヴということである。

ブロムシュテットはネットなどでの評価を見ると、好きな人は本当に好きなようである。

特に、ドレスデン・シュターツカペレと録音したベートーヴェンの交響曲全集は、ベートーヴェン演奏のスタンダードとして名を挙げられることが多いようである。

私のこれまでの印象は、と言えば、どこが良いのかさっぱりわからない。オーケストラをよく鳴らす、というよりは禁欲的にすっきりとした見通しの良いアンサンブルを心がけ、几帳面かつ朴訥とした印象でスマートさがない。それはそれで良いのだが、面白みというものがなくて、真面目なんだなあ、で終わってしまったのである。

そういうブロムシュテットも85歳。かつては若々しい指揮ぶりでNHK交響楽団を振って、ベートーヴェンのミサ・ソレムニスを演奏している姿を観たことがあるが、ベルリン・フィルとのライヴでは貫禄があり、枯れた老巨匠の姿になっていた。

大器晩成、クラシック音楽は老巨匠になると、音楽が途端に輝きを増すことがある。

この演奏もそうだ。

キリエの静謐で、穏やかな祈り。アンサンブルの整理整頓され、幾分ほっそりとしているところはこれまでと変わらない。そこに合唱、独唱と重なるわけだが、合唱の質も良く、独唱は4人それぞれ美声。心がこもっている。複雑な大曲なだけに、見通しの良さが音楽の骨格を明確にして、巨大な伽藍が透けて見えるようだ。

もちろん、クレンペラーのも巨大な伽藍だ。だが、ブロムシュテットのはもっと近代的な建築と言ったらよいだろうか。クレンペラーの演奏にはない温もりや烈しい人間味も感じられる。それはクレンペラーのように突き放すよりは、音楽と燃焼しているからであろう。

グローリアでは快速テンポに乗って、ベートーヴェン特有のあのあふれ出るような楽想を丁寧に描き出し、打楽器や金管もここぞというときに飛び出してくる。バランスが良く、テンポも良く、アーメン・フーガから終結にかけては、節度を保ちつつも自然に湧き出てくる興奮がある。

ドナ・ノービス・パーチェムでは、打楽器や金管が静謐を破って飛び出してくるが、クレンペラーやワルターの演奏と同じように劇的に演奏し、戦慄を感じさせるのである。

合唱は本当に素晴らしい。独唱4人も美しい。クレンペラーではクメントやタルヴェラが今三歩だったが、そういうことはない。好みで言えば、断然ブロムシュテット盤のソリストが良い。

録音はライヴというハンデもあるのか、いささか明瞭さに欠ける。これでもっと抜けの良い音質で、実在感を感じさせるものであったなら、さらに深い感動が得られたことだろう。SACD化でも改善しないだろうか。

ということで、私の評価は、★★★★★である。


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ベートーヴェンの「荘厳ミサ曲」名盤探訪③:朝比奈隆 [ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス]

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 朝比奈隆氏が亡くなられて、もう何年経ったのだろう。

 年を経るごとに、氏の演奏は輝きを増すばかりだ。クナッパーツブッシュ、シューリヒト、ヨッフム、ヴァントと、ブルックナー指揮者は数いれど、朝比奈の演奏に聴く安心感はない。

 安心感というのは、多分に日本人的な要素なのだろうか。

 彼の演奏は、真にドイツ的だと言うが、そうではなかろう。

 オーケストラは大編成、伴奏であってもずっしりと鳴らし、ピラミッド的なバランスを意識することがない。恰幅が良く、鳴りっぷりの良い、壮大なオーケストラ。とにかく、人間味で聴かせるような巨きさがあるのだ。

 繊細さや細かいニュアンスに欠ける、テンポが遅い、音程が不安定、などなど。いろいろ指摘できる演奏もあるかもしれないが、音楽全体を見渡す力と、本質を捉えきった解釈には脱帽せざるをえない。

 ブルックナーはそうした氏の芸風にもっともはまり、野人味があって、宇宙的ともいえる広がりをもった素晴らしい演奏が展開する。

 そこへゆくと、ベートーヴェンはもっと多彩さがあって、朝比奈のやり方だけでは表現しきれないものがある。

 ベートーヴェンの交響曲全集を録音した回数は、朝比奈の記録がギネスものだと思うが、そのどれもが本質的には同じ。

 「立派に鳴らす」

 ベートーヴェンの巨大さが真に迫るが、ベートーヴェンの面白さはでかくなったり、ちいさくなったり、激しくなったり、さっぱりとしたり、あっさりとしたり、濃厚になったりしても、その度に新しい魅力を増す。

 だから、朝比奈の姿は、ベートーヴェンの一面を捉えるに過ぎない。

 それでも、ベートーヴェンのミサ・ソレムニスは、朝比奈の芸風と見事にマッチしていると思う。

 朝比奈は大阪フィルと一度、新日本フィルと一度録音しているが、私が好きなのは後者である。

 クレンペラーの日本人版、と言って適切ではなかろうか。クレンペラーよりも情感があり、クレンペラーよりも演奏が持つ効果を音にしている。

 たとえば、キリエは岩にしみいるような静謐さと心からの祈りが、敬虔さよりも、温かさに溢れている。聴いていて、崇高な気持ちになるというよりは、癒される心地がするのだ。

 グローリアは遅いテンポでずっしりとしている。金管、打楽器は強奏されるが、弦が分厚いためにどっしとしたものになり、重厚な建築物を見るようだ。クレンペラーが石造りの古風な大聖堂であるとずれば、朝比奈のは巨木で作り上げられた伽藍であり、厳しさよりも木のぬくもりがある。

 グローリアの最後、アーメン・フーガから終結に向けては、やはり圧倒的な迫力があって、胸が打たれる。オーケストラや合唱は日本人であっても、ここまでできるのだ。クレンペラーより劣るとすれば、それは技術だけなのだろう。

 合唱の貢献は大きい。晋友会合唱団はまさに世界に誇るべきレベルであって、合唱のうまいアーノンクールだとか、ショルティ盤と肩を並べると思う。厚みという面では人数の関係もあるだろうが、世界一ではないだろうか。それを裏付けるのが、クレドであって、合唱が主役の曲にあって、合唱とオーケストラのひたむきさが大きな感動を呼ぶ。

 残念ながら、朝比奈にはワルター、クレンペラーのような天才的なひらめきはないようである。それは書かなければならないだろう。イエス・キリストが復活し、死せる者を裁く場面での空恐ろしいトロンボーンと打楽器の強奏。ここだけは、朝比奈には表現しきれていない。

 アニュス・ディも心のこもった演奏であり、情の通わせ方に打たれるものがあるが、例のトランペットのファンファーレのあたりは、打楽器のリズム感がちょっと怪しかったり、恐怖感を表出しきれないままに終わっている。朝比奈のポジティヴな精神には、このようなネガティヴな表現は似合わないのかもしれないが。

 全体を通じて、世界に誇れるレベルのミサ・ソレムニスである。そんじょそこらの有名指揮者を差し置いても、一度は聴いてみるべき演奏だろう。指揮者、オーケストラ、合唱、それにソリストたちも一生懸命な演奏だ。ただし、一生懸命であることが、最高の演奏になるとは限らないことを裏付けてもいるのだが。

 朝比奈隆/新日本フィル     ★★★★☆


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ベートーヴェンの「荘厳ミサ曲」名盤探訪③:クーベリック [ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス]

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 昔からラファエル・クーベリックが苦手である。

 DGには9つのオーケストラを使ったベートーヴェンの交響曲全集、それにバイエルン放送響とのマーラーの交響曲全集があるが、どちらもどこが良いのかさっぱりわからない。

 スラヴ系の演奏家は、ベートーヴェンを演奏するとき、西欧系の演奏家とは異なる独特の節回しやリズムがある。

 クーベリックも同じ。別にそれが悪いわけではないのだが、クーベリックの場合はその訛りが強く、挙句の果てに打楽器を抑えて、全体のバランスに気を使うので、ことさらにユニークさが際立つことがある。

 けして悪い指揮者ではないと思うのだが、今のところ、「これだ!」という名盤には出会えていない。Auditeから出た「クーベリックはライヴの男」を裏付けるというマーラーも、どこが良いのかさっぱりだった。

 写真は、ミサ・ソレムニス。1977年のライヴ録音である。

 Orfeoの相変わらずの画一的なマスタリングで、低域が薄く、音色感のない無味乾燥した音作りが玉に瑕だが、演奏自体は素晴らしいと言える。

 クーベリックを正直見直した。

 キリエの冒頭、荘重な雰囲気の中に、突然、「キリエ!」と訴えかけるコーラスの真実の祈り。グローリアのスピード感。静謐な空間に突如響く金管の圧倒的な威圧感。とにもかくにも、合唱が上手い。歌心があるというのか、歌詞も的確に聴き取ることができるし、とにかくオーケストラよりも存在感がある。クレドも同じだ。

 ただし、ここはこうあるべきだ、という部分で、金管や打楽器がきかず、弦主体のバランスにしてしまうのは惜しいと思う。グローリアの終結、クレドの「我、来世の生命を待ち望む」の辺りの盛り上がりなど。

 アニュス・ディのトランペットのファンファーレでは、打楽器がきかず、やはり拍子抜け。うーむ。全体に熱い演奏なだけに、決め所に欠けるのが惜しい。惜しすぎる。

 歌手は、ファスベンダーがやや大根だが(キリエ冒頭での独唱はちょっと音程が・・・)、ほかは粒揃い。特に、ペーター・シュライヤーは史上最高に上手いテノールだ。ちょっとした間などにも迫真の気合が漲っており、ブンダーリヒも遠く及ばぬ境地だと身震いした。

 クーベリック/バイエルン放送響        ★★★★☆(シュライヤーと合唱が素晴らしいので)

 


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