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この世でもっとも美しい音楽、はたまた、天上の調べか [ビクトリア:宗教曲]

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 クラシック音楽を好きになってから、本当にたくさんの音楽を聴いてきた。

 BLOGに綴るのは自分が愛聴する曲ばかりであるために、自分が今まで聴いてきた音楽の全てを語りつくせないもどかしさがある。

 言葉が音楽に追いつかないのだ。

 HPやBLOGに記事を書く際は、やはり日頃から脳裏にある音楽、というか、常に心の中で鳴り響いている音楽にだけ集中してしまう。

 そんなことでは一介の研究者として未熟すぎる。

 いずれは、様々な作曲家別に名曲の数々を並べ、それぞれに自分が最も愛するレコードを選定する、といった業績を遺したい。

 ゆらむぼさんの遺作『ゆらこめ』を読んで、心に染みた。

 この名著については、別の日に改めて書きたい。

 今日書くのはトマス・ルイス・デ・ヴィクトリアのことだ。ビクトリア、と綴る方が多いようだが、原語はVictoria・・・ヴィクトリアがどちらかといえば、発音的に近いでしょう(と書いていたところ親切な御仁から、スペイン語のvはbと発音が違わないとのご教示。ヴィクトリアと綴るのはどうにもならない間違いであるらしいのでここで修正します

 スペインの作曲家で、パレストリーナに影響を受けながらも、超然とした宗教作品を書き上げた、ヨーロッパ宗教音楽史上最大の人物である。

 1548年に世に生を受けて、1611年に逝去された人物だが、性格がまた変わっている。

 何でもローマで様々な要職を懇請されたのにも関わらず、「無名のまま死にたい」とでも言うかのように、故郷スペインに戻り、修道院で一生を終えている。

 世俗的な音楽は一切書かず、ただひたすら神のためだけに音楽を書いた人物。その点ブルックナーと似ているけれども、ブルックナー以上に禁欲的で、教会音楽に腐心した点でも、聖職者そのものといった人物である。

 私はこの人についてそれほど詳しいことは知らない。このエントリーを書こうとして、いくつか音楽事典を調べようとしたけれど、全部放り投げてしまった。

 音楽を聴けばわかる。

 写真にあげたのは、ビクトリアの最高傑作の一つ、「レクイエム」である。

 指揮はデイヴィッド・ヒル(David Hill)。合唱はウエストミンスター大聖堂合唱団。

 この世でもっとも美しい音楽、はたまた、天上からの調べそのものではないかと身震いを覚えるほどだ。

 肉体が滅び、私たちの魂が天上に向かって昇天していく姿、まるで香炉のたなびきのごとく、永遠なるものへと昇華する様を目で見ながら音楽で描いたようだ、とでも形容したくなる曲である。

 言い得て妙ではないか。

 初めて聴いたとき、目眩がして、気が遠くなった。そして、音楽の素朴でありながら、心からの神への祈りを音楽に純化せしめたビクトリアの手腕に、モンテヴェルディもバッハも到底敵わないことに気づかされたのである。

 来る日も来る日も、この音楽を聴いた。そして、眠りにつくまでの時間を利用して聴きこむことが多かった。この音楽を聴くときの私の心は、穏やかであると同時に、自らの弱さを思い知るような怖れがあった。敬虔な気持ちになる、とかいう安直な感情ではなかったように思う。

 モーツァルトやフォーレ、ヴェルディも素晴らしいと思うが、ビクトリアのレクイエムに敵う鎮魂歌を創ることはできなかった。次元が違う。これは聴いてみて判断していただくほかはない。

 少なくとも、自分の葬式にはこの曲を流して欲しい。今でも、その気持ちは変わっていない。

 CDはこれが唯一無二。少年合唱団を使い、さらに合唱の数が多いために、録音会場である教会(おそらくはウエストミンスター大聖堂)に神の恩寵のような残響をもたらしている。

 技術的には完璧ではないのかもしれないが、原初的な感動に満ちている。

 タリス・スコラーズやフィリップ・ケイブも巧いなとは思うが、それがない。それがなければ、ビクトリアではない。


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