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宇野功芳先生、ありがとうございました [雑記]

宇野功芳先生が亡くなられました。
硬膜下血腫の手術後、体力の衰えのため、執筆活動を勇退され、死因は老衰との報道。

何年も前から、宇野功芳先生は影響を受けた人物の一人ではあっても、音楽に対する好みや関心は大きく変わり、近年はその著作やレコ芸での評論についても、少なからず批判的に見ていました。

しかし、それはあくまで宇野功芳先生がご健在だったから。やはり、刺激やインスピレーションをいただく対象であったことは疑いもなく、亡くなられたことは失意でしかない。

青二才だった私に、文通を快諾してくださったことや、お会いしたときの細くて柔らかい手の感触を思い出す。

レコ芸の最新号を読んだが、金子建志の評論は、もはや音楽を語る評論ではなく、楽譜とその再現に関する楽理的な分析でしかない。つまらない、というのが偽りのない気持ちだ。

ブログやツィッター含め、誰もが宇野功芳になれる世の中。音楽について、気軽に語れる礎を築くきっかけになったことは間違いないはず。

心より御冥福を祈ります。ワルターやリリー・クラウス、クナッパーツブッシュやシューリヒト、フルトヴェングラーとどうぞ語らってください。きっとベートーヴェンやブルックナー、モーツァルトも待っていることでしょう。


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SACDで何故オペラの名盤を復活させないのか?? [雑記]

SACDで何故オペラの名盤を復活させないのか??

素朴な疑問である。

エーリヒ・クライバーの「フィガロの結婚」(DECCA)、カラヤンの「ばらの騎士」(EMI)、クナッパーツブッシュの「パルジファル」(PHILIPS)。

とりあえず、これだけでもお願いできないもんでしょうか・・・


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休日にあれこれ聴くと眠れなくなるよ [雑記]

昨日、珍しく書斎のCD棚を整理してみた。

昔聴いた懐かしいアルバムが出てくると、ちょっとじっくりと聴いてみたいなというものがあったりして、

なかなか片付けが先に進まない。

真っ先に聴いたのは、カザルスのチェロとゼルキンのピアノによるベートーヴェンの「チェロ・ソナタ第3番」。

モノラルだけれど、音はしっかりと録音できていて、

カザルスの剛毅で、それでいて枯れ木のような音が流れ出す。

そこには温もりがあって、ゼルキンのピアノも情緒に満ちた演奏を聴かせてくれる。

私はこの曲の3楽章が大好きで、ベートーヴェンのいじらしいまでの快活さと人恋しさに泣けるのである。

その後は、サイモン・ラトルとバーミンガム響によるマーラーの交響曲第8番。

これも優れた内容である。

EMIにしては録音も鮮明。オーケストラ、合唱の威力、そしてラトルの解釈も推進力に満ちて停滞しない。

そこへゆくと、どうもジンマンの全集中のものは、テンポがもたれすぎる感がある。

マーラーの交響曲第8番は大交響曲かもしれないが、そこにはきちんとしたリズムと呼吸があるのであって、

ジンマンの演奏では、快適に呼吸できないのである。

不思議だ。クレンペラーはあれだけ遅くても、呼吸感があるのに。

この「呼吸感」というのは、演奏家が作り出す音楽のリズムに乗れるか否かということだ。。。

フルトヴェングラーが嫌いな人は、フルトヴェングラーの呼吸に乗れないということだ。

閑話休題。

モンテヴェルディの『聖母マリアの夕べの祈り』も良かった。

これは、アレッサンドリーニがNaiveに録音したもので、モンテヴェルディの官能的な部分と宗教的な崇高さとを両立した、

稀有な演奏記録だと思う。

一時期はシュナイト盤に夢中になったものだが、いささかドイツ的に過ぎるし、モンテヴェルディとは異質の解釈に感じられよう。

あれこれ聴いて、面白かったのは、8番はつまらなかったジンマンの7番(マーラーね)。

もちろん、終楽章を聴くのだが、この解放感とリフレッシュ感はたまらん。

録音はちょっと音圧が低い気がするんだけど…全集だけの現象か?

ベルティーニのEMI全集のものも取り出してみたけれど、今のところ、クレンペラーとジンマンがいい。

クーベリックのDG全集中の一枚、バイエルンの石造りの建物のような演奏も悪くなかった。

気が付いたら、もう深夜だった。寝よう。


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ドイツのワインを飲みながら~クヴァストホフ、ケンプ、グルダを聴く [雑記]

職場。夕刻でのひと時であった。

ドイツ文学を専門とされているS先生にお招きいただいて、ワインをいただくことになった。

私は同期のドイツ文学の先生とともに足を運んだ。 

S先生「いや、本日は学期末の一段落したところで、kitaken先生の音楽講義を拝聴しようと思いまして、ワインをご用意してお待ちしておりました」

ここで、ドイツワインの10年物あたりが振る舞われた。

ドイツの白ワイン。初めて飲んだが、イタリアやフランスとは違った別の趣がある。

甘さが芳醇で、独特の香りがある。

kitaken「恐縮です。でも、私は講義なんてできませんよ(笑)先生のお話をお聴きしたいです。楽譜だって読みませんし、ただひたすら好きな音楽をCDで聴く、というだけのことです。S先生がお好きなドイツ・リートはフィッシャー・ディースカウで聴くことが多いですね」

S先生「フィッシャー・ディースカウですか。そこで(ドアの端にある棚を指さして)カビが生えているカセットテープの中にたくさんございますよ。私は何と言っても、クヴァストホフです」

先生はフィッシャー・ディースカウは小賢しいと思われている。

芸術というよりは、巧さに感じられてしまうのだという。

kitaken「クヴァストホフは、昔NHKで見ました。小澤政爾が(この人のCDは二枚しか持っていない)指揮する「マタイ受難曲」で、福音史家を歌っていた」

S先生「体の不自由な方でね、以前来日公演の際にはチケットを入手して、本当に楽しみにしていたのですが、キャンセルになって千載一遇の機会を失いました」

kitaken「そうでしたか。クヴァストホフはyoutubeなどでマスター・クラスの映像を見れますね」

S先生「学生のほとんどは注意されていましたが、中でも韓国かどこかアジアの学生のことは絶賛されていました」

youtubeを使って、クヴァストホフのマスター・クラスを鑑賞する。

クヴァストホフの低音のきいた暖かい声は、しっとりとした情緒がこもっている。

一緒に聴いた「辻音楽師」も見事だった。

kitaken「数年後には彼(若き学生)もCDを出すのでしょうね。。。クヴァストホフは先ほど引退を表明されましたが、まだ歌ってほしいのですがね。朗々とした声は確かに素晴らしいのですが、枯れてきた味わい、というのがあるんですよね」

S先生「そうですね。」 

ドイツリートについてあれこれと語り合い、ワインが進む。私はCDを用意して、グールドの「ゴールドベルク変奏曲」とケンプのベートーヴェン、「悲愴」「ワルトシュタイン」を流した。

S先生「ケンプは何か物足りないですね。抒情的な部分は美しいと思うのですが、これがベストという感じがしない」

kitaken「速い部分や激しい部分のタッチがもっさりとしていますね。ワルトシュタインの冒頭なんて、先生のお好きなグルダはいいですね」

S先生「ええ、私はフリードリヒ・グルダの演奏が大好きです。彼もこれからという時に亡くなりましたが、ベートーヴェンは本当にすばらしい。ワルトシュタインは、こう、楽想の描き分けがね、鮮やかで、テクニックが凄い」

kitaken「でも、ケンプという人はスタンダードだと思うのですよ。平均点以上のピアニスト。彼より巧い人はたくさんいる。そして彼よりすごい芸術家はいるかもしれない。でも、凡百の演奏を聴いた後で聴くと、「おっ、ケンプいいねえ」っていう印象を受ける。ケンプっていうのはいつでも規範になりうるピアニストだと思うのです」

S先生「そうですね。けして悪いピアニストではないですが」

kitaken「ポリーニはいかがですか」

S先生「ポリーニは嫌いです。あのピアニストは二度と聴きません。あの汚い音!」

kitaken「私はバックハウスが好きです。これぞ、ドイツっていうか、子音の発音のきつい質実剛健とした味があるんですよね」

S先生「鍵盤の師子王と呼ばれた方ですよね。私も持ってはいますが」

youtubeに50年代のバックハウスのものがあったので、ワルトシュタインをかけてみた。

一緒にいた同期の先生(クラシック音楽は全く聴かれない方)が「これ以外の演奏のほうがよかった」という。

私もこんな無骨で田舎くさい演奏だったかな?と思った。

kitaken「今聴いてみたら、(テクニックは)グルダのほうが良かったですね。でも、バックハウスはヘタウマなんじゃないですかね。バックハウスは主題掲示の後、大きくテンポを落として雄大に歌う。こういうところ、現代からするとスマートじゃないんだろうけど、スマートじゃないのがいいんだな」

S先生はワインを傾けながら、しばしバックハウスに耳を澄まされていた。 

先生との共通点は、音楽を「ただ楽しむ」という姿勢なのだが、演奏家の好みについてはやはり割れた。

ただ、ドイツの演奏家、ドイツの芸術家に対する愛情は同じだった。

ワインを飲みながらの音楽談義は、何とも美しいひと時だった。


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(続)クレンペラー:IDIS vs. Music&Arts ~音質の勝者は [雑記]

(2015年9月12日改訂、その後ALTUS盤が出て、当演奏の最良の選択肢となった。ALTUS盤は音源が不明であるが、SACDシングルレイヤーのLP用アナログマスターの音は鮮明で聴きやすいからだ。以下はかつての感想だが、IDISやMEMORIESの音は論外なため、記録に残しておく。)

 前回のブログからまた随分月日が過ぎてしまった。

 公私ともに忙しく、とくに父親が認知症の様相を呈するようになってからは、

 まともに音楽を聴く神経になれなかった。

 ここのところ、チェリビダッケのEMI録音が廉価でどかんと再発売されたり、

 ベートーヴェン好きには気になる、シャイーの交響曲全集が発売になったり、

 モーツァルトのミサ曲全集(ノイマンによる)が再発売されたり、

 ジンマンのマーラー全集、フルトヴェングラーのSACDのオペラなどなど、

 購入していないわけではないし、聴いてないわけでもないのだが、

 なかなか時間を割いて聴き入るということができずにいる。

 聴かないのに持っていても・・・という気持ちにもなるが、限定盤が多く、

 買い逃せばいつ手に入るかわからなくなりそうだ。

 ところで、前回書いたクレンペラーのこと。

 IDISからも一枚もので続々とリリースされているし、その音質はかつてのチェトラに近く生々しいという。

 聴いてみようじゃないけ、ということで買ったのが運のつき。

 音質は曲によって玉石混交。

 3番、5番などは鮮明だが、4番、7番などはエアチェックのように荒く、8番などだぶついて

 何が何だかわからない。

 それに「鮮明」と書いたけれど、疑似ステレオとイコライジングがきいているようで

 金属的な音質だ。

 9番は疑似ステがききすぎて、左右に低音がかぶっている。

 個人的にはまったく満足できなかった。

 ただ一点、楽章間ノイズが聴けるのはよかった。Music&Artsはカットしてるからな。

 ということで、現時点でのベスト盤はMusic&Artsである。嘘じゃないよ!

 トータルに音質が平均的であり、純然たるモノラルだと思われる。

  

 


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