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ブラームスの交響曲第1番 [ブラームス:交響曲]

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ブラームスの交響曲は、何番からお聴きになられましたか?

私は4番から。ブルーノ・ワルターに興味が湧いた頃と重なり、SONYのホーム・エディションで聴いたのだ。絵画がジャケットで、解説書もないやつだ。今でもブックオフの100円でよく目にする。

音楽は何が何だか、ベートーヴェンに一辺倒だった自分にはわからなかった。でも、ステレオで音も良く録れていたし、併録された「悲劇的序曲」から始まり、ジワジワ好きになっていった。いや、好きとは違うのかもしれないが。

少し後で、カルロス・クライバーとウィーン・フィルも聴いたけれど、1楽章、3楽章はワルターが如何に非凡かわかった。あの打楽器の使い方!二楽章はウィーン・フィルって何て美しいんだろうと夢心地になった。アートンという謎の素材のCDだったけど。

4番に続いては、2番。それから、3番。2番はワルター/ニューヨーク・フィル、3番はワルター/コロンビア響。どちらもファンタジー溢れる夢の世界のような音楽で、特にこの時代のニューヨーク・フィルは素晴らしい。

1番を聴いたのは、もうずっと後。ザンデルリンク、ワルター、ムラヴィンスキー、ミュンシュの晩年の録音、様々聴いたけれど、どうにもすっきりしない。

今年になって目の覚めるような感銘を受けたのは、メンゲルベルクの1940年のライヴ録音だった。音質も思いのほか良く、最強音、最強奏でも歪まないのが吉だ。解釈は19世紀のロマンティシズム大爆発。終楽章のコラール、フレーズ終わるごとにリタルダンド、2楽章のソロ・ヴァイオリンのとろっとろのポルタメント、とにかく濃厚だ。

テンポは粘ることなく、重くならない。打楽器、金管はしばしば大爆発を起こし、狂瀾怒濤のブラームスになっている。フルトヴェングラーが大人しく感じられるほどのドラマがある。

ポンっとはじけた。ブラームスの1番への苦手というか、ブラームスが長い時間かけて創り上げた労作、その独特の批評眼というか、作り物めいたベートーヴェンみたいなところが、ポンっとメンゲルベルクが消した。この感情移入。ミュンシュ/パリ管を超越してる!

その後、タワーレコードが復刻したクーベリック/ウィーン、それからワルター/ニューヨークを聴いた。どちらも素晴らしかった。特に、後者はモノラルなのに、聴いていてみずみずしく、心地良かった。愛聴盤になりそうだ。


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チェリビダッケのブラームスを聴く [ブラームス:交響曲]

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 チェリビダッケを私は日頃よく聴くわけではないのだけれど、チェリビダッケという指揮者の芸風や演奏芸術に対しては割と共感を持つほうだ。

 私は長い時をかけ、洗練され、磨きぬかれた美というものをとても好ましく思う。そして、その美をひとつところに固めてしまうのではなく、与えられた場で自由自在に変化させるような職人技というものに心から驚嘆する。

 チェリビダッケの最大のライバルと言われたギュンター・ヴァントもそんな演奏家だったように感じている。彼は長い時をかけて、自らの芸術を磨き上げ、そしてオーケストラに自らの精神を徹底的に刻みつけ、ホールが変わろうと「自分の芸術」を鳴らしていた。

 チェリビダッケやヴァントのことを思うとき、二人の芸術が如何に違うものであろうと、彼らに共通するものは求道的なまでに自らの音楽を追及し、磨き上げていく哲学者のような印象がある。

 チェリビダッケを初めて聴いたのは、ミュンヘン・フィルを振った晩年のライヴ録音、チャイコフスキーの交響曲第5番だった。

 はじめは皆目わからなかった。やっぱり録音では彼の音楽はわからないのかと思った。しかし、彼の演奏は何度か聴いているうちに、次第に自分の呼吸感やリズム感に変化が生じた。遅いテンポなのに、張り詰めた緊張感があり、私は次第に畏怖するようになった。

 チェリビダッケの美学の極致とも呼ぶべきは、ブルックナーなのだと思うが、私が彼の遺してくれた遺産の中で一番好きなものは、シュトゥットガルト放送響を振ったブラームスの交響曲第4番である。

 晩年の遅いテンポは、きっとホールに入れば、吸い込まれるようなものを持っていると想像するけれど、CDで聴くときはホールの中にいいるように自分を落ち着かせ、音楽の流れに合わせなければ齟齬を感じてしまう。

 その点、シュトゥットガルト時代の彼の演奏は、極度の遅さがあるわけではない。代わりに、自在な棒さばきによる、徹底的に磨き上げられた美学と宝石のように結晶化し尽した解釈がある。

 ブルーノ・ワルターがコロンビア響で晩年に録れた演奏、ザンデルリンクの夕映えのような演奏、ムラヴィンスキーの透徹した演奏のいずれにも似ていない、美しい工芸品のようなブラームスである。

 この演奏を聴くと、人工的な美しささえ感じる。作られた美とでも言うのだろうか。それはヴァントもそうだ。ひたすら音を自らが正しいと決めたやり方で徹底的に具現していくことによる音の世界・・・。

 私はそこに芸術家の孤独を思うのであった。 
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