ティルソン・トマスのマーラー [マーラー:交響曲]

巷では、バーンスタインがイスラエルのテルアビブで行ったマーラーが評判のようである。
私ももちろん発売当日に入手して、何度か聴いたのだけれど、
世間の熱狂についていけず、もどかしく、また寂しい気持ちもある。
期待ほどには良くなかった、というのが印象だ。
伝説的な日本公演を耳にした人には、当時の記憶を思い出すよすがなのだろうし、
バーンスタインとともにマーラーを愛するようになったファンの方々からすれば、感涙の演奏なのだろう。
録音は当時のライヴ録音としては優秀なのだろうが、
リマスタリングの段階で多少ノイズ・カットなどはされているのかもしれない。
当時会場で響いたであろう打楽器や金管の衝撃が抑えられているのが残念でならない。
が、弦は生々しい。
この生き物のように蠢くオーケストラこそ、バーンスタインのマーラーなのだ、ということもよくわかる。
遅く粘り、絶叫し、悲鳴をあげ、夢に夢見るような、あの分裂気質のマーラー。
終楽章の長大なアダージョは、もうファンならたまらないのだろう。
でも、バーンスタインなら、もっとできそうな気がするのだ。。。無いものねだりをしていては仕方ないのだけれど、
このライヴ録音は、たしかに熱演だが、意外に冷めた印象も受ける。
完成度の高い造形といい、細部に至るまで彫り込んだ表情といい、旋律の歌わせ方といい、
それが真に胸に響いては来なかった。
アムステルダム・コンセルトヘボウとの録音やベルリン・フィルとのライヴのほうが、
その意味では迫真的だった気がする。
バーンスタインのマーラーはもう古い、と言うわけではけしてないけれど、
最近はティルソン・トマスのマーラー、交響曲全集を深夜楽しんでいる。
最初の頃は、理性的で整理整頓された頭で考えたマーラー、という印象で、買って損した感があったのだが、
SACDの録音の良さもあり(もっとも5番の終楽章では一瞬音がひずむ箇所や、7番の終楽章ではデジタル・ノイズ)、
そのオーケストレーションの精密さに、改めてマーラーの音のパレットの広さを思うのだった。
第9など、バーンスタインとは全く違う音楽に聴こえる。
どこをとっても汚い音はなく、美しいオーケストラの響き、現代的に洗練された音のバランスが聴こえ、
テンポは同じく遅いにも関わらず、心地良いのだ。
もちろん、阿鼻叫喚は表現されているが、それがけしてドラマとして劇性を伴って顕在化することはない。
何が真実か、ということはさておき、どちらが好きか嫌いかで言えば、バーンスタインのほうが人間マーラーだと思う。
でも、人間マーラーだけではなくて、普遍的な音楽になったマーラーを聴きたいとき、
ティルソン・トマスのマーラーは、ワルターのような古典に通じる何かがあるように思う。
マーラーの心のドラマが、音として磨き上げられた人工美の極致にも、魅了されるようになった。







